貴之「風が少し冷たいみたいだよ。そろそろ戻った方がいいんじゃないかな」
シェーラ「…………」
貴之「シェーラ?」
彼女は柵の前を動こうとしない。
火照った身体を冷ましていた──そう言ったわりには赤い頬で、なぜか僕から目を逸らしている。
そんなシェーラの様子に、僕はなんだか普段と異なるものを感じた。
貴之「どうかしたの?」
一歩、二歩と僕はシェーラに近づいた。
彼女はなおも目を合わせないままで……。
シェーラ「……わたくし……あなたを待っていたんです」
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貴之「あの……ニース」
ニース「はい……」
貴之「最後にもう一度だけ、確認したいんだ」
僕は腹に力を込めた。冷静に考えればおかしな話だけど、僕はこれに望みを託していた。
貴之「僕たちほんとに、子供の頃、会ったことはなかったのかな?」
一縷の望み。
ニースと僕との間に、かつて、なにがしかの絆があったのだとすれば……
僕たちはまたいつか──
だが結局のところ、望みというのは裏切られるためにあるのかも知れない。
ニース「……いえ」
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いつの頃からだったかな? もしかしたら、デビュー当初からの習慣かも知れない。
冬姉に言われて──というか僕も楽しいんだけど、テレビや雑誌、そのほか全ての活動を収集していた。
貴之「冬姉、確かに最近、前より忙しくなっているみたいだね。チェックの量が増えてるもん」
貴之「それに……気のせいかな……?」
僕は首をかしげた。
貴之「仕事量の増大と時期を合わせて、なんだか、例の衣装がきわどくなっているような……?」
冬子「あっ。ちょっと貴之? あんたもしかして、そういう目でわたしのこと見ていたわけ?」
貴之「み、見てないよ」
冬子「なによ。わたしが魅力ないっていうの?」
貴之「あたた」 ぽかぽかと頭を叩かれてしまった。
自転車に乗っているときにそんなことしないで欲しい……。
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かなで「あ、そうだ、ママ、ミルクは買ってきてくれた?」
美奈子「あ、ええ。買ってあるわよ。飲む?」
かなで「うんっ」
貴之「……ミルク? あれ? かなでってどっちかって言うと、牛乳が苦手じゃなかったっけ?」
僕も取り立てて好きではなく、それで御狭霧家では牛乳の買い置きがなかったのだが。
かなで「あのね、今日から新一年生でしょ。だから、ちょっとがんばろうと思って」
貴之「がんばる? なにを?」
かなで「あ、あの、成長というか……」
貴之「成長……?」
かなで「ちょ、ちょっと待ってて」
席を立つと、パタパタと部屋を出て行ったかなで。
美奈子「カナちゃんもちょっと変わったところがあるからなぁ……。ま、それこそ、青春ってやつなのかな」
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