『たまには兄らしく』 遠海悟が住む家は元は下宿で、名前を青山荘(せいざんそう)という。 以前は、悟と、妹の佐奈の二人暮らしだったため、だいぶ閑散としていた。 両親は健在だが、仕事で海外に行っている。それで、広い家に二人きりだった。 いまは同居人が増えたためにぎやかだが、その分、佐奈には苦労が多い。 「佐奈さーん」 通路から居候の一人、ルキア・ルミナス・スイレンの声が聞こえてきた。 「タオル、どこでしょう?」 「タオル?」 佐奈が食堂を出て行く。いまは悟と二人で、食堂のテレビでゲームをやっていた。 「うわっ、ちょっと、ルキアさん。裸で外歩かないで……」 「ふふ、こんな見事なカラダ、隠す必要はないですからね」 「あ、あのね」 そんなやりとりが聞こえてきて、思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。 まったく、こうして男がいるというのに、何を考えているのか。けしからんじゃないか。 少しして、佐奈がやれやれという顔で戻ってきた。 「ルキアさんにも参っちゃう。素っ裸なんだもの」 「そ、そうなの?」 「アニキ?」 白い目を向けてきた。 「なんか、鼻の下伸びてない?」 「な、何を。俺みたいなエロゲーオタクが、それはないね」 「いいんだか悪いんだか。はあ」 佐奈は聞こえよがしにため息をついた。 たまたまガスコンロが故障して、夕飯が遅くなった。 チンチンと、ミカが茶碗を箸で叩いている。 「佐奈ー、まだ? あたし、お腹空いちゃった」 「ちょっと待ってよ、もうー」 三角巾で髪の毛を押さえた佐奈がカウンターに顔を覗かせた。 「これでも急いでるんだからね。おとなしく待ってて」 「はーい」 「ふふ、ミカったら、相変わらず食いしん坊さんですわね」 「だって、今日は体育で思いっきり走ったから。お腹ぺこぺこなのよ」 「だからってチンチン鳴らすなよ。子供じゃないんだから」 「そりゃあんたは、エロゲーやってるだけだからお腹も空かないだろうけど」 「……あのな。俺だって体育があったの、お前、知ってるだろうが。同じクラスなんだから」 「知らない、そんなの」 ミカはぷいっと顔を背けた。 「体育は男女別だし」 「でも時間割は同じなんだから……」 「体育と言えば、驚いてしまいますわね」 ルキアが横から口を挟んだ。 「いまだにブルマで。珍しいんじゃありませんか?」 「まあなぁ……」 「ホラ、できたわよ。せっかく急いだんだから、馬鹿話してないで、さっさと食べる」 「はーい」一同は元気よく返事した。 「はあ……」 「どうしたよ、佐奈? ため息なんかついちゃって」 「いや……」 佐奈は首を横に曲げ、いかにも気だるそうにしている。 「やっぱり人が増えたからかな……なんか最近、疲れ気味」 愛天使の二人だ。彼女たちも悪い人ではないが、少しわがままなところがある。 青山荘の家事を一手に担っている佐奈からすると、その分仕事も増えてしまい、たいへんだろう。 「そろそろ分担すれば?」 「分担? 家事?」 「話によると、ミカは料理が得意らしいし。ルキアはわからんけど、まあ掃除くらいはできるんじゃないか」 「……いや、いいわよ」 天井を見上げて検討していたが、やがて佐奈はかぶりを振った。 「料理はあたしがした方がいいと思う。ミカさんを疑うわけじゃないけどね」 「じゃあ掃除?」 「するかなぁ? この前だって、お風呂上がりに、濡れたまま通路歩いていたし……」 「床がびしょびしょだったもんな……」 どうやらあの二人に期待はできないようだ。 まあ人のことは言えないのだが。悟も家事というと皿洗いくらいしかできなかった。 「ま、いいんだけどね。にぎやかなのは嬉しいし。あの二人、人柄はいいし」 佐奈はこりを取るように首を曲げている。 「肩こり?」 何気なく訊いてみると、佐奈は色をなして反論した。 「そんなはずないでしょ。オバハンじゃあるまいし」 「でも、いま」 「こ、これは、その……だって、気持ちよくて」 「それをこってるって言うんだろうが」 悟は席を立つと、佐奈の後ろに立った。 「な、なによ?」 首をすくめて見上げてくる。 「俺が肩を揉んでやる」 「え?」 肩に触れると、「ひゃあ」と言って佐奈は身をくねらせた。 「あ、ちょ、アニキ、くすぐったいってば」 「おとなしくしないからだろ」 肩を押さえつけ、佐奈が落ち着くのを待つ。それから、改めてマッサージした。 「あ……ン……」 「……へんな声出すなよ」 「ば、ばかっ……!」 耳まで赤くなってしまった。 「だ、だって……案外気持ちよくて……アニキ、もしかしてうまかったの?」 「肩揉みなんて初めてだよ。ま、お前もそれだけ苦労してるってことだろ」 頭を撫でると、佐奈はくすぐったそうに笑った。 「主婦とか母親じゃないんだから」 「でもお前がいないとウチは回らないからな。感謝してるよ」 「うん……」 それから佐奈はおとなしく、マッサージをされるにまかせたのだった。 |