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『恋は何色?』

夕日が差し込む放課後の教室。
告白は突然だった。
「あたしを──あたしを食べて!」
「え──」
遠海悟は志木梓を見上げたまま全身を硬直させた。

──大切な話があるから、授業のあと教室で待っていて。

昼休み、彼女はそれだけ告げると、逃げるように目の前から去っていった。
話というのは、こういうことだったのか──。
梓の頬が紅潮しているのは、夕日のせいか、あるいは昂ぶった感情のためか。
うつむき加減で、肩を震わせている。
昂ぶった感情を抑えようとするかのように──って、あれ?
「ぷくっ……くはっ……あははははははは!」
悟は唖然としてお腹を抱える梓を見つめていた。
なんのことはない、抑えていたのは感情ではなく笑いだった。
「な……なんだよいったい?」
さすがに憤然として訊ねると、相手は目尻をぬぐいながら頭をさげた。
「ごめんごめん、言い間違い」
「言い間違い?」
「本当は、『あたし<の作った料理>を食べて』って言いたかったの」
「……ぜってーわざとだ」
「あはは」
頬が紅潮して見えたのも結局は単なる光の加減だったようだ。
まったく、期待して損した──そこで悟は、おや? と思った。
もしかして俺、期待していたんだろうか? エロゲオタの俺が?
「まさかこんなことのために放課後まで居残りさせたんじゃないだろうな?」
「あ、もちろん、ちゃんと用事はあるの」
ようやく笑いを引っ込めると、梓は手近の机を椅子代わりにした。
「まあ似たようなもんだけどね。遠海くん、あたしの料理、食べてみない?」
「え、どういうこと?」
「その前に。遠海くん、料理が得意な女子はどう思う?」
「どうって……?」
「女の子らしいとか。そんなふうに思う?」
「まあそれは」
「やっぱりなあ」
彼女は深くうなずいた。
「あたし、料理部の部員でしょ。なのにこの前、アニキったら憎たらしいこと言ってきてさ」
梓は確か、男ばかりの四人兄妹という話だった。
「なんて?」
「あたしが女の子っぽくないって」
言動は確かにそんなところがある。彼女はよくも悪くも遠慮がない。
「それで。男子にあたしお手製の料理を食べさせて、アニキたちへの証拠にするってわけ」
「証拠……?」
「報道部に頼んで、こんなものまで借りちゃったわよ」
梓はカバンからレコーダーを取り出した。どうやら本気らしい。
「で、どうかな? 証人になってくれない?」
「俺でよければそれは構わないけど……」
「やった。こんなこと頼める男子っていったら、遠海くんくらいしか思い浮かばなくてさぁ」
梓はルックスは抜群にいいので、その気になれば男子など簡単に寄ってくるだろう。
なのに、そんな影がなさそうなところは確かに、「女の子らしさ」の欠如と言えるのかもしれない。
「じゃあ遠海くんはなにが食べたい?」
「えーと、じゃあ、肉じゃがとか」

「あれ、ルキアもいるんだ」
翌日の放課後。呼ばれて調理実習室に行くと、梓ともう一人、ルキアがいた。
「聞けば、梓さんはもっと女らしくなりたいとか。ふふ、いいオンナといえば、わたしですからね」
相変わらずアホの子のような自信家ぶりだ。
「そんなこと言いつつ、ルキアさんたら手伝いもしないのよ」
ガスレンジの向こうで梓が苦笑を浮かべる。すでに、肉じゃがのいい匂いが漂っていた。
「わたし、料理は作るより食べるほう専門ですからね」
「で、「いいオンナ」のルキアとしては、なんかアドバイスでもしてやったのか?」
「ええ、もちろん」
ルキアは自信満々にうなずいた。
「ずばり言って、「恋」ですわね」
「恋……?」
「恋をすれば女はよりセクシーになる。男はよりワイルドに。当然のことじゃありませんか?」
「はあ……」
あながち間違いではないかもしれないが。
「そこで愛天使のわたしとしては、いいお相手を見つけてさしあげようとしたんですけれど……」
梓の声が飛んできた。
「お見合いにはまだ早いって」

料理ができあがると、梓は皿の脇にレコーダーを設置した。
「スイッチオン、と。美味王なみにオーバーアクションしてくれていいよん」
「やらないから」
熱々の肉じゃがからは湯気が盛んに立ち上っている。見るからに美味そうだった。
「じゃあ、いただきます」
箸を通すと、じゃがいもはなんの抵抗もなく二つに割れた。
「ん……美味い。マジで美味いな……」
「やん、美味王の真似してよー」
微妙に期待していたらしい。
「本当に美味しい。お肉もお口の中でとろけるようですわ」
「バラ肉にしたんだ。透き通った脂身が美味しいでしょ」
あっという間に食べ尽くしてしまうと、梓はレコーダーをこちらの目の前に置いた。
「じゃあほら。もう一声」
「え、なにを?」
「料理の感想だけじゃなくて、あたしがいかに女っぽいか、オンナレベルが強まっているかってこと」
「あ、ああ……」
しばらく考え込んで、悟は言った。レコーダーに向けてではなく、目の前の少女に向けて。
「わざわざこんなことしなくても、志木は十分女の子っぽいと思うけどなあ……」
「え?」
梓は目をぱちくりさせている。悟はもどかしいような気持ちでさらに言葉を繋げた。
「つまり……美味い肉じゃがを食べさせてくれる前から、志木は可愛いってこと。俺はそう思ってる」
悟は水を一口飲むと、レコーダーに口を近づけた。
「とにかく、ますます女の子らしくなったことを証言しまーす」

悟を先に帰すと、梓は食器を洗った。手伝うというのを断ったのだ。
隣ではルキアが布巾で食器を拭いている。
ふと水道の音がやんで、梓は顔を上げた。
「洗い物、終わりましたわよ」
「あ、ああ……そっか」
「なんか、ずっとぼうっとしてますわね? 悟さんが帰ってからというもの」
「そ、そうかな? あ、換気扇回してなかったから、酸欠気味かも……」
「わたしは平気ですけれど」
ルキアはふっとほほえんだ。
「梓さん、少し、女らしくなったみたいですわよ。……料理のことは抜きにして」
「ど、どういう意味かな? それ」
「もし、もっと女になりたいなら、どうぞご用命を。なにしろわたし、愛天使ですので」
お先にと告げて、ルキアは部屋を出て行った。
無人となった調理実習室で、椅子に腰を下ろすと、彼女はため息をついた。
まだ夕日が差すには早い時間帯だ。
だが今の梓の頬には、うっすらと朱の色が上っているのだった。


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